「おはなし会 〜あらしのよるに〜」の開演前の会場は、エネルギーに満ちていました。
舞台前のスペースを走り回り、踊り、声を上げる子どもたち。その姿を見ながら、「この子たちが、物語の世界に入っていけるだろうか」と、正直、少しだけ思ったりもしました。
でも、一人語りが始まった瞬間、空気が変わりました。
スクリーンに投影された絵に、子どもたちの目が吸い寄せられていきます。オオカミの声、そしてピアノが表現する雷の音が会場に響いたとき、「怖いよう」という小さな声がどこかから聞こえてきました。その一言が、この日の舞台の手応えをすべて語っていたように思います。
「怖い」と感じるということは、物語が単なる外からの情報として届いているのではなく、子どもの内的世界の中でリアルに体験されているということ。それだけ深く、「あらしのよるに」の世界に没頭してくれていたのです。
「あらしのよるに」は、オオカミとヤギの物語です。
この二匹の関係は、「敵どうし」というより、もっと根本的なものです。一方が他方を食べることでしか関わり合えない、捕食する者とされる者。本来であれば、ヤギは逃げ、オオカミは追う——それが自然界の摂理であり、種を保存するための本能です。その法則に従えば、二匹が友になるなどということは、あり得ないはずでした。
それでも、嵐の夜の暗闇の中で、互いの素性を知らぬまま言葉を交わした二匹は、気がつけばお互いの感覚が共鳴していました。そうして偶然から生まれた友情は、やがて第6話・第7話で、誰もが予想しなかった場所へと辿り着きます。
友のために、自分のいのちを差し出そうとする——その選択に、大人たちは深く心を揺さぶられます。
本能に従えば、決して選ばれることのないはずの行為。それにもかかわらず、オオカミとヤギという、本来なら捕食する者とされる者でしかあり得ない二匹が、それでも互いのいのちを守ろうとする——その姿を通して、「愛」というものが、生きることと同じくらい、あるいはそれ以上に、人間にとって根源的な力であることを、物語は静かに示しているのではないでしょうか。
感受性豊かな子どもたちが、この物語を感情とともに全身で受けとめてくれたなら、それは単なる「楽しい時間」を超えた、内的世界を豊かに耕す体験になっただろうと感じています。
そして今回、もうひとつのことが心に浮かびました。
オオカミの獰猛さと野性、ヤギの優しさと朗らかさ——この二つは対立する性質のように見えますが、実は私たち人間の内側にも同時に宿っているものではないでしょうか。けれど人間はしばしば、一方が前に出るとき、もう一方を隠そうとしてしまいます。強さを見せるとき、繊細さをしまいこむ。弱さをさらけ出すとき、強さに蓋をする。そうして、自分の一部を切り離してしまうことがある。
「あらしのよるに」の物語の中で、嵐や雷という自然の圧倒的なエネルギーは、私たちの内面に潜むオオカミとヤギ——その相対する二つの性質を揺さぶり、その間に橋を架け、統合へと導いていきます。子どもたちが「怖い」と感じたあの瞬間は、もしかすると、そんな心の奥深くにある何かに触れた瞬間だったのかもしれません。物語が、心理的な統合への扉を、そっと開いてくれていたように思えてなりませんでした。
都会で暮らしていると、自然の持つ圧倒的なエネルギーを全身で感じる機会も、困難な状況の中で生き抜こうとする生命力を全身で感じる機会も、どんどん少なくなっています。野性的なものとの接点が薄れていく中で、子どもたちの内側にある原初的な感覚も、少しずつ眠ってしまうような気がします。
だからこそ、「あらしのよるに」の一人語りは、物語という安全な枠の中で、そのエネルギーをリアルに、そして深く体感できる場として、都会に生きる子どもたちにこそ届けたい、と強く思った一日でした。
また、このような素晴らしい環境を快く提供してくださった野澤学園の皆さまに、こころより御礼申し上げます。そして、はるばる旭川からお越しくださった絵本作家のあべ弘士さんにも、深く感謝申し上げます。舞台背面に大きく映し出されたあべさんの絵は、一人語りにさらなる色彩と奥行きを与え、子どもたちの心にダイレクトに届く舞台を作り上げてくれました。あべさんの絵があってこそ、あの臨場感が生まれたと感じています。
芸術と物語は、人間の内的世界——とりわけ無意識の深いところから湧き上がってくる創造性や共感性——を豊かに育みます。今回の第一弾公演を通じて、この活動の確かな手応えを感じることができました。
「こんな機会を、子どもたちに届けたい」と思ってくださる方がいれば、ぜひお気軽にご連絡ください。学校や地域のイベント、施設での上演など、様々な形でご一緒できることを楽しみにしています。
今後も、芸術を通して「いのち」と「心のつながり」に触れる場を、社会の中に広げていきたいと思っています。

東村山市長・渡部尚氏によるご挨拶の様子です。


第一部の一人語りの模様です。

絵本作家のあべ弘士さんには、長年にわたり旭山動物園の飼育係として動物とかかわってきた経験をもとに、動物との交流についてのお話をしていただきました。





後半の一人語りの模様です。